【弁護士執筆】【条項例サンプル有り】芸能プロダクションとタレント・アイドルの恋愛禁止条項と損害賠償請求
1 芸能プロダクションとタレント(アイドル)の契約
タレントが芸能活動を行う場合に、芸能活動のサポートをしてくれる芸能プロダクションとの間でマネジメント契約等を締結することが一般的に行われています。マネジメント契約では、芸能プロダクションが行うサポート業務の範囲、タレントが芸能プロダクションの所属タレントして芸能活動を行うにあたっての各種のルール(芸名に関する権利の帰属、禁止事項、SNSアカウント利用に関する諸ルール)を定めます。
2 恋愛禁止条項
(1)恋愛禁止条項とは
芸能プロダクションとの契約において、タレントの恋愛禁止に関するルールが定められることがあります。タレントの中でも特にアイドルに関しては、異性または同姓との交際が明らかになることで、ファンが減少し、アイドルの活動による収益が減少する可能性があります。アイドル活動による収益の一部が売上(or利益)となる芸能プロダクションとしては、恋愛自体を禁止したり、その公表を禁止するビジネス上の合理性が一定程度認められるところです。
一方で、恋愛は、人の感情に由来するものであり、契約で制限することが必ずしも適切なのか議論があるところです。
(2)恋愛禁止条項の具体例
恋愛禁止条項の定め方にはバリエーションがありますが、例えば下記の様な定め方が考えられます。なお、これらは存在することが想定される具体例であり、法的な有効性が担保されているものではありません。
※甲=芸能プロダクション/乙=タレント
サンプル① (恋愛を包括的に禁止するver)
「乙は、本契約の有効期間中、ファンその他の者と交際(恋愛関係を指す)してはならない。」
サンプル② (恋愛自体は可能なものの、公表に芸能プロダクションの許可が必要なver)
「乙は、本契約の有効期間中、ファンその他の者と交際(恋愛関係を指す)し、その交際の事実を対外的に明らかにする場合には事前に甲の承諾を得るものとする。」
3 恋愛禁止条項に関する裁判例
(1)はじめに
恋愛禁止条項に関連する裁判例として実務上参照される裁判例をいくつか紹介します。下記の二つの裁判例は判決年日が近接しているものの、恋愛禁止条項等の有効性に関する判断を異にしています。以下、それぞれの裁判例の紹介を行った後に、恋愛禁止条項の設定に関する留意点を解説します。
(2)恋愛禁止条項違反に基づく損害賠償請求を一部認容した裁判例
恋愛禁止条項違反に基づく損害賠償請求を一部認容した裁判例として東京地方裁平成27年9月18日判決・判時2310号126頁(以下「平成27年判決」という)が存在します。
【事案の概要】
アイドルA子が、原告株式会社X1との間で、芸能活動に係る専属契約を締結した上で、アイドルグループ「Z」の一員として芸能活動を行っていました。原告X2株式会社は、原告X1との間で、アイドルグループ「Z」についてタレント共同運営契約を締結していたところ、アイドルA子が、アイドルグループ「Z」の一員として活動中に男性ファンとラブホテルに入るなど専属契約に違反する行為をしまた。これにより、アイドルグループ「Z」を解散せざるを得なくなり損害を被ったとして、原告X1とX2が、アイドルA子に対しては債務不履行又は不法行為に基づき、アイドルA子の親権者父に対して民法714条1項七一四条一項に基づき、それぞれ損害賠償金の支払いを求めたという事案です。
≪アイドルA子とX1との間で締結された専属契約の抜粋≫
「第二条 乙(アイドルA子)は、(中略)甲(原告X1)の専属芸術家として甲の指示に従い、(中略)下記活動(注:芸能活動)を行う(後略)。
第一〇条(2) 乙について以下のような事項が発覚した場合(中略)本契約を解除して、甲は乙に損害の賠償を請求することが出来るものとする。
・ファンとの親密な交流・交際等が発覚した場合(後略)」
≪専属契約の際にX1からアイドルA子に渡された「アーティスト規約事項」の抜粋≫
「三.私生活において、男友達と二人きりで遊ぶこと、写真を撮ること(プリクラ)を一切禁止致します。発覚した場合は即刻、芸能活動の中止及び解雇とします
CDリリースをしている場合、残っている商品を買い取って頂きます。
七.異性の交際は禁止致します。ファンやマスコミなどに交際が発覚してからでは取り返しのつかないことになります。(事務所、ユニットのメンバーなどに迷惑をかけてしまいます)」
【判決要旨】
≪交際禁止条項の効力及び解釈について≫
「本件専属契約第一〇条二項は、その文言から見て、交際等が原告X1に発覚した場合について規定していると認めるのが相当であるし、本件規約七項は、ファンへの交際発覚を含む旨を明確に記載しているから、本件交際がファンや原告らに発覚したことが交際禁止条項の違反にあたることは明らかである。」
≪不法行為の成否について≫
「一般に、異性とホテルに行った行為自体が直ちに違法な行為とはならないことは、被告らが指摘するとおりである。しかし、被告花子(注:アイドルA子)は当時本件契約等を締結してアイドルとして活動しており、本件交際が発覚するなどすれば本件グループ(注:アイドルグループ「Z」)の活動に影響が生じ、原告らに損害が生じうることは容易に認識可能であったと認めるのが相当である。そうすると、被告花子(注:アイドルA子)が本件交際に及んだ行為が、原告らに対する不法行為を構成することは明らかである。」
※注:本記事の執筆者によるもの
≪経費相当額の損害について≫
「乙山の供述及び弁論の全趣旨に鑑みれば、芸能プロダクションは、初期投資を行ってアイドルを媒体に露出させ、これにより人気を上昇させてチケットやグッズ等の売上げを伸ばし、そこから投資を回収するビジネスモデルを有していると認められるところ、本件においては、本件グループの解散により将来の売上げの回収が困難になったことが優に認められる。そして、本件グループがわずか約三か月の間に二二〇万円以上に及ぶ本件売上げを上げたことなど、本件に顕れた一切の事情を考慮すると、原告らは、本件グループの解散がなければ、少なくとも、本件費用に相当する額の利益を得ることができたと認定するのが相当である。」
≪交際の発覚とアイドルグループ「Z」の解散との因果関係について≫
「ア 証拠≪略≫及び弁論の全趣旨によれば、本件グループは女性アイドルグループである以上、メンバーが男性ファンらから支持を獲得し、チケットやグッズ等を多く購入してもらうためには、メンバーが異性との交際を行わないことや、これを担保するためにメンバーに対し交際禁止条項を課すことが必要であったとの事実が認められる。これに反する被告の主張は採用できない。
イ 上記アの事実を前提とすると、原告らが主張するとおり、アイドル及びその所属する芸能プロダクションにとって、アイドルの交際が発覚することは、アイドルや芸能プロダクションに多大な社会的イメージの悪化をもたらすものであり、これを避ける必要性は相当高いことが認められる。
ウ そして、本件においては、本件写真が既に一部のファンに流出していたのであるから、本件写真がさらに流出するなどして本件交際が広く世間に発覚し、本件グループや他のアイドルユニット、ひいては原告らの社会的イメージが悪化する蓋然性は高かったと認めるのが相当である。
エ したがって、原告らが本件グループの早期解散を決めたことにも一定の合理性があったと認められるから、本件交際の発覚と本件グループの解散との間には、相当因果関係があると認められる。」
≪過失相殺について≫
「(2) 上記の各事実によれば、交際禁止条項は、死文化していたとまでは認められないものの、原告らにおいてこれを本件グループメンバーに遵守させようと十分な指導監督をしていたとも認められないのであって、これは原告らが本件グループを運営管理するにあたっての過失にあたるというほかなく、この過失は被告花子による本件交際の一因であったと解するのが相当である。
(3) その上で過失割合について検討すると、原告らが芸能プロダクションとして職業的にアイドルユニットを指導育成すべき立場にあることや、被告花子(注:アイドルA子)が当時未だ年若く多感な少女であったことなどを踏まえると、本件交際における過失割合は、原告らが四〇、被告花子(注:アイドルA子)が六〇とするのが相当である。」
(3)恋愛禁止条項違反に基づく損害賠償を否定した裁判例
恋愛禁止条項違反に基づく損害賠償請求を否定した裁判例として東京地方裁平成28年1月18日判決・判時2316号163頁(以下「平成28年判決」という)が存在する。
【事案の概要】
芸能プロダクションである原告が、原告との間で専属マネージメント契約を締結した上で原告に所属する女性アイドルA子と、アイドルA子と交際していたファンであるBに対し、交際をきっかけにイベント等への出演業務を一方的に放棄して逸失利益を生じさせたことに関する債務不履行または不法行為に基づく、予備的に不利な時期に専属マネージメント契約を解除したとして民法651条1項に基づく損害賠償請求を、A子の上京のための交通費を詐取たとしてそれに関する損害賠償請求を求めました。また、芸能プロダクションは、A子の父母に対してこれらの債務不履行または不法行為は、父母の信義則上の義務に基づくA子の生活の管理監督義務違反に基づくものであるとして、A子及びBによる損害とは別に固有の損害が生じたとして管理義務違反の不法行為に基づく損害賠償請求を行いました。
【判決要旨】
※争点が多岐にわたるため恋愛禁止条項違反にしたことによる損害賠償請求に関する部分についてのみ抜粋。
「・・・前提事実(3)のとおり、被告花子(アイドルA子)は、上記解除の効力発生までの間に、ファンである被告丙川(ファンB)と性的な関係を持っている。確かに、タレントと呼ばれる職業は、同人に対するイメージがそのまま同人の(タレントとしての)価値に結びつく面があるといえる。その中でも殊にアイドルと呼ばれるタレントにおいては、それを支えるファンの側に当該アイドルに対する清廉さを求める傾向が強く、アイドルが異性と性的な関係を持ったことが発覚した場合に、アイドルには異性と性的な関係を持ってほしくないと考えるファンが離れ得ることは、世上知られていることである。それゆえ、アイドルをマネージメントする側が、その価値を維持するために、当該アイドルと異性との性的な関係ないしその事実の発覚を避けたいと考えるのは当然といえる。そのため、マネージメント契約等において異性との性的な関係を持つことを制限する規定を設けることも、マネージメントする側の立場に立てば、一定の合理性があるものと理解できないわけではない。
しかしながら、他人に対する感情は人としての本質の一つであり、恋愛感情もその重要な一つであるから、かかる感情の具体的現れとしての異性との交際、さらには当該異性と性的な関係を持つことは、自分の人生を自分らしくより豊かに生きるために大切な自己決定権そのものであるといえ、異性との合意に基づく交際(性的な関係を持つことも含む。)を妨げられることのない自由は、幸福を追求する自由の一内容をなすものと解される。とすると、少なくとも、損害賠償という制裁をもってこれを禁ずるというのは、いかにアイドルという職業上の特性を考慮したとしても、いささか行き過ぎな感は否めず、芸能プロダクションが、契約に基づき、所属アイドルが異性と性的な関係を持ったことを理由に、所属アイドルに対して損害賠償を請求することは、上記自由を著しく制約するものといえる。また、異性と性的な関係を持ったか否かは、通常他人に知られることを欲しない私生活上の秘密にあたる。そのため、原告が、被告花子に対し、被告花子(アイドルA子)が異性と性的な関係を持ったことを理由に損害賠償を請求できるのは、被告花子(アイドルA子)が原告に積極的に損害を生じさせようとの意図を持って殊更これを公にしたなど、原告に対する害意が認められる場合等に限定して解釈すべきものと考える。
そして、前提事実(8)のとおり、平成二六年八月一七日のライブ会場において、被告花子(アイドルA子)がファンと交際していたことを公にしたのは原告のプロデューサーであり、被告花子(アイドルA子)ではない。本件において、被告花子(アイドルA子)が原告に積極的に損害を生じさせようとの意図を持って殊更これを公にしたと認めるに足りる証拠はない。
したがって、被告花子(アイドルA子)と被告丙川(ファンB)との交際が結果的に外部に知れたことが(性的な関係を持ったことまでが外部に知れたか否かはともかくとして)アイドルとしての被告花子(アイドルA子)の商品価値を低下させ得るとしても、被告花子(アイドルA子)が被告丙川(ファンB)と性的な関係を持ったことを理由に、原告が、債務不履行又は不法行為に基づき、被告花子(アイドルA子)に対して損害賠償を請求することは認められないといわざるを得ない。
さらに、本件契約は雇用類似の契約であるところ、民法六二八条後段によれば、解除の要件としてのやむを得ない事由が当事者の一方の過失によって生じたものであるときは、相手方に対して損害賠償の責任を負うことになる。しかしながら、上記アで認定、判断したとおり、本件においてやむを得ない事由が被告花子(アイドルA子)の過失によって生じたものとは認められない。そのため、この点からも、被告花子(アイドルA子)が原告に対して損害賠償の責任を負うことはない。」
※太字及び()書きは執筆者が付したもの
4 平成27年判決と平成28年判決を考慮した恋愛禁止条項の設定に関する留意点
上記の裁判例のとおり、恋愛禁止条項違反に基づく損害賠償請求については、結論を異にする判断がなされています。
平成28年1月18日判決の様に、「他人に対する感情は人としての本質の一つであり、恋愛感情もその重要な一つであるから、かかる感情の具体的現れとしての異性との交際、さらには当該異性と性的な関係を持つことは、自分の人生を自分らしくより豊かに生きるために大切な自己決定権そのものであるといえ、異性との合意に基づく交際(性的な関係を持つことも含む。)を妨げられることのない自由は、幸福を追求する自由の一内容をなす」ことは確かに判示のとおりであると考えます。
もっとも、「少なくとも、損害賠償という制裁をもってこれを禁ずるというのは、いかにアイドルという職業上の特性を考慮したとしても、いささか行き過ぎな感は否めず、」との判示については、芸能プロダクション事業を運営する立場からすると、清廉なイメージを保持しているからこそ見込める収益予測に基づき先行投資を行うことも多いためやや厳しい判断であるように思われます。もっとも、平成28年判決は、恋愛関係の公表をアイドル本人ではなくプロデューサーが行ったことも考慮したものとなっているため、あくまでも事例判断であると考えます。
いずれにせよ、アイドルとの疑似恋愛が収益の源泉である側面は否めないため、恋愛自体を禁止にするのか、恋愛自体は許容しつつも第三者への公開を制限するのかは深く検討すべき事項です。
また、恋愛禁止条項の内容それだけではなく、「どのようなブランディングで売り出すのか」「そのブランディング上、恋愛関係が明らかになることで収益にどのような影響があり得るのか」といった点について事前に芸能プロダクションとタレントとの間で十分に協議し、双方の認識を一致させておくことが何よりも重要です。
カップルYouTuberも数多くみられる現代においては、「恋愛関係が明らかになる→異性のファンが減少する→売上(or利益)が減少する」とは必ずしも言えない側面があります。もちろん、カップルYouTuberとアイドルはファンが期待するものが異なるため同一に扱うべきものではありません。
過去の裁判例を参考にすることはもちろん重要ですが、時代によってタレントの種類やタレントに対する世間の認識、ファンが期待することも変わるため、時代に沿った契約内容を柔軟な思考で考えていくことが大切です。
TECH GOAT PARTNERS法律事務所は芸能関連事業を行っている複数社の顧問弁護士を務めています。また、弁護士新井優樹は、芸能プロダクションの代表取締役を経験があり、最新のトレンドを踏まえた契約条件のアレンジを行っています。恋愛禁止条項の設定の仕方やタレントとの専属マネジメント契約等の作成・確認に悩まれている企業様は、まずはこちらから無料面談をお申し込みください。